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こういう映画がまだあるとは

遊戯的 幼児的 映画に 照射したい 「スパイダー」 限りなく馬鹿馬鹿しいが 観てしまう といっても 足りないが ここでは 映画を 分析する 必要はあるまい しかし 中原昌也さんの コメントが傑作だった
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映画映画映画!!!

三本 映画を観、 すべては 彼方にーーーー 中原昌也の推薦する映画だ。 感想を拒否する何かが この 三本にはあって ぼくは つぐむ。 ようは 考えつくされた 映画のセリフを超えることはできない という 言い古されてた 紋切型を 越えることは不可・・・・ ということ。
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本当に正しいことなんてわかんない

栄ちゃん 談 やっぱり銭だ いや 銭じゃない と 考えなおし オレに そう思わせた なにか に 対して 腹をたてた (成り上がり) 何をいまさら と 思う人もいようが これが 土台 基本 になっている そう つよい理念 というものがないと やっていけない ホント!!…
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トンボとりの日

タイトルは反故ね 偉人とは誰か 徹底的に 考えると ヘレンケラー であり タリバン先生 になる ヘレンケラーの生涯は教訓的ではある しかし 我々に 絶対 必要なのは 教訓か おいしいご飯ではないのか とりあえず おいしいご飯でも 食べてさ ということになりはしないのか ヘレンケラーだ…
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その日は朝から倦怠感に襲われていた

朝から調子がいい日 もあれば 倦怠感、憂鬱に襲われているときも おそらく幼児にはないだろうから 人生の途中から そのような 進み行きになり まあ なんとか 今日まできた ユーモアとエスプリ そのようなものが 思いつく日もあれば そうでもない日 もある が 今日まで生…
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いいかげんに的を絞ってます

情報化社会 で 多価値化社会なら マルチというのは おおよそ 不可能に近い だから 的を ひとつ ふたつ と 搾る そっちのほうが いいような 気 がしてきた うん  よし こう言っちャア ナン だが おいらの 守備範囲 エラーは 少ないつもりだ なんてね
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おじさんはつらいよ

情報化時代 というらしい ぼくは + 多価値化時代としたいが まあ そんなことはどーでもいい びっくりしたのは たとえば  ちょっと 文学に つかっていたら いつのまにか ファッションが 激変していることだ ユニクロもだ 映画は 蓮実 ではなく 中原で十分といったかんじ これでいいの…
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令和 という時代は 大変ですよ

大御所の死 追悼が軽くなる日 そして まあ ぼくも死ぬ・・・・ 令和 大御所 が死ぬということは 御本の 耐えられない 軽さ というものを意味する 蓮実 浅田から 中原 阿部 に スキゾドライブは 続くだろうけど みんなは 自分の見たい映画を観ればいい 評論家なんか クソくらえだ …
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小生意気になんか なりたくない

恐れるべきことは ぼくも そうだったが 少し 小生意気で まあ キレる人が いちいち 思想を 参照して ものを いう ということだ 土台 人は そのようには 考えない 思うのだが もっと 楽 にはなりたかないかい? 思想より感性を 感性を 信じて 書く!
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「読み」という加藤典洋さんのヒットコピー

加藤さんの 仕事 の 最も 顕著な現れは 「読み」という言葉だろう こう 読んだ ではなく この批評家のこういう「読み」 という場合に つかわれるような・・・・ 結局 あの人も 平成の人であった 「令和の人」 として 生きるべく ぼくは 20世紀からの ランニングパスを …
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20世紀からのランニングパス

20世紀なんていう 大きな世紀を ひとくくりにしたことが 馬鹿げている ただ いつ こういうことがあった としかいえまい さながら21世紀はモンスターになるだろう というのが 僕の勘です きっと22世紀になったら 21世紀をむどうまとめるか それを思うと 死神に パンチ …
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ファンタスチックMR.FOXは楽園らしいね

いいかげんなタイトルをつけた これが この国の最近の流行さ。 で なかに入らなくてはいけない。 大人になっても 心の片隅に ちょっと置いておきたい ファンタジー・・・・ それに ぴったりと くる ぼくも レイ・ブラットベリから フィクションにはいったのなら いつまでも こういう映画を…
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本当に、いまは、80年代のリメイクなのか

識者というものは 本当に ものを知り また 見ているのか 僕も自信はないが はっきりと見ている人は いない気がする。 優れた 社会批評をする人が 久野収さんだったころまでは 良かった が 多価値化になり うん年 アンテナを みんな 立て あぐねている そんな 気がする …
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回る回る時代は回る

加藤典洋 が死んで あー ひとつの時代 が 終るなあ と思った。 やがて 竹田青嗣が死に 高橋源一郎が死に (何か 売れっ子 進歩人を 羅列して 書いているみたい) ーーと 順番に亡くなっていく したがって ぼくは 見田宗介はいいや と 思ったものの じゃ 新しいのばかり 読ん…
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10年遅く「グランド・ブタペスト・ホテル」を観る

ラッキー チャチャチャ ぼくらには まだ 宝のような 娯楽があった ウェス・アンダーソンの映画だ かれが ゴダールやフェリーニやパゾリーニやブニュエルを 映画修養と称して 山のように 見た というのは 想像に難くない んーーー 見ていない人は必見ですぞ
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愛はあるのか

今日の 結論は 愛が 成立したことなんか あるのか と 自問する 結果となった それが あるのである 宮澤賢治が妹を思う心のこと ここで 賢治は 真の愛で 妹 を 愛す こういう愛の念を みんながーー
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ラブリーに、そしてハングリーに

両親を 兄弟を 隣人を そして 自分を 愛でてくれ やさしく やわらかに こころをこめいて そのように 愛してくれ 死なないていどに パンを 食べて そして幸せになってくれ
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ジョン・レノン様、貴方に神の御恵みを

きみに 教えることは 少ない そう 人生なんて こんなものサ しかし 投企して ハッピーになる お金なんかいらない しかし お金のある人も ない人も みんなで 希望に満ちた愛の国へ GO GO  一生のような一日ってやつがある そして 一生の終わりは ハッピーエンド…
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ちっとも偉くなんかない僕の言い分

時間は限られている テレビなんか 消して 今を ハッピーに生きるんだ 今を ハッピーに生きるんだ 良い映画を 毎日のように見 映画のように 生きるんだ ハッピーエンドに なるように 他人にも つくすんだ 自分 を 大切にするんだ ぼくは キリストをばかになんかしない だか…
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クレージーなほど美しい愛

クレージーなくらいじゃないと 本当の愛を知る ことは きっと できない ハンパ は 嫌だ ぼくは クレージーに もっと クレージーになって 幸福を モノニスル ぼくが 自慢できるもの それは 豊かなもので 心が充足ー満たされている ということ 狂うことを 恐れちゃいけな…
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死をもって幸福を知る

やはり 誕生 ⇒ 生 ⇒ 死 なのだから 生 とは 死に至る道を 知るかてい だ 死なんて 最後に 知りゃいい 生きているときは 生を謳歌する と ぼくは おもうわけさ 女たち ぼくと ダンスを しよう ジルバマンボサンボボサノヴァ 愉しもうじゃないか 生ってやつを!
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仔猫ちゃん、我を殺害したり

17世紀 北欧の詩人が書いた実話です おそらく 誰も読みそうになく 読んだ人もいないようなテクストです 仔猫を 殺しちゃおうかしら こう考える わたしは 悪女なの と女王様がおもっていたら 仔猫が 毒薬を 口にふくみ ひとつ ふたつ 女王さまの ワイングラスに垂らしてくれます 気づか…
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悪魔ノオト

観音に 風邪を ひかせた (風邪は万病のもとといいますゆえ) 悪魔どの 災いを わたしの 頭のうえに 落としてくだされ この世は あなたの 思うつぼ あの人は 悪魔などと 女子ども まで 乱痴気騒ぎをする始末 しかしです 自分より 上のものも 絶対にいる この…
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ルイ=フェルディナン・セリーヌの白と黒の美学

ある朝 ゆるやか 徐々に 覚醒へと向かうと 世界が しみったれた 糞だらけの ブランコしかない 遊園地であることを しか と 思い知らされた。 滅びって どうしてこんなに 甘く 切なく うつくしいのかしら 滅ビルタイプ と 栄エル タイプ ガイルダケヨ 単刀直入ニ言って 逝くネ キミハ 近いうちに必ず…
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自分の線のうえに立つ

いま どこに立つか 比喩ですね いま 自分がいる場に立つのが いいのではないか そして 宙返りする 読める作家に 山田風太郎がいる 生前 橋本治さんが ××という山田風太郎の小説の あのシーンを読んで ぼくなんか わんわん 泣きました というくらいなんだから 書ける…
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「ネオ・モダン」の更に、一歩先。

来たるべき 悪しき時代にそなえて われわれは  軽やかに知と戯れ それに 名前をつけなくてはいけない。 アフォリズムのスキゾプレイング というように 遊んでは 考え 遊んでは 考え というやり方で 前に進む 何故なら そっちのほうが ずっと楽しいからだ じゃ 宿題を いつ…
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ニーチェ批判、昭和初期の見直し

きっと これくらいはやったんだな という仕事があって しばらく ニーチェに関する本は けっこう出ていたし 著名な人は 昭和初期の見直しをした 現在の動向と ズレていても やっている仕事の方向性が正しければ それでいいのである。 それがネオモダンというものであり それに「マイルドなニヒ…
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超人の彼方に

書くべきことは 既に 書かれている こういっていいものか 否 ニーチェですら 書いていないことが 山積みになっているのではないのか でなければ 我々が こんな危機を迎える訳はない もっと 手トリ足トリ  わかりやすく 実行しやすく 問題解決の方法が 書かれるべきだったのだ…
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ぼくが、本当に、見つめるもの

ぼくが 本当に見つめるもの 見つめないといけない と 思っているもの あるいは 考えなければいけないと 思っているもの それは 文学 哲学 社会学 なんて 言葉で くくれるものではない そんなものではないと 思う いま 考えるべきものが そんなものか ぼくが そんな 話題 で 話すと…
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