テーマ:哲学

ラブリーに、そしてハングリーに

両親を 兄弟を 隣人を そして 自分を 愛でてくれ やさしく やわらかに こころをこめいて そのように 愛してくれ 死なないていどに パンを 食べて そして幸せになってくれ
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ジョン・レノン様、貴方に神の御恵みを

きみに 教えることは 少ない そう 人生なんて こんなものサ しかし 投企して ハッピーになる お金なんかいらない しかし お金のある人も ない人も みんなで 希望に満ちた愛の国へ GO GO  一生のような一日ってやつがある そして 一生の終わりは ハッピーエンド…
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ちっとも偉くなんかない僕の言い分

時間は限られている テレビなんか 消して 今を ハッピーに生きるんだ 今を ハッピーに生きるんだ 良い映画を 毎日のように見 映画のように 生きるんだ ハッピーエンドに なるように 他人にも つくすんだ 自分 を 大切にするんだ ぼくは キリストをばかになんかしない だか…
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クレージーなほど美しい愛

クレージーなくらいじゃないと 本当の愛を知る ことは きっと できない ハンパ は 嫌だ ぼくは クレージーに もっと クレージーになって 幸福を モノニスル ぼくが 自慢できるもの それは 豊かなもので 心が充足ー満たされている ということ 狂うことを 恐れちゃいけな…
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死をもって幸福を知る

やはり 誕生 ⇒ 生 ⇒ 死 なのだから 生 とは 死に至る道を 知るかてい だ 死なんて 最後に 知りゃいい 生きているときは 生を謳歌する と ぼくは おもうわけさ 女たち ぼくと ダンスを しよう ジルバマンボサンボボサノヴァ 愉しもうじゃないか 生ってやつを!
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「ネオ・モダン」の更に、一歩先。

来たるべき 悪しき時代にそなえて われわれは  軽やかに知と戯れ それに 名前をつけなくてはいけない。 アフォリズムのスキゾプレイング というように 遊んでは 考え 遊んでは 考え というやり方で 前に進む 何故なら そっちのほうが ずっと楽しいからだ じゃ 宿題を いつ…
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ニーチェ批判、昭和初期の見直し

きっと これくらいはやったんだな という仕事があって しばらく ニーチェに関する本は けっこう出ていたし 著名な人は 昭和初期の見直しをした 現在の動向と ズレていても やっている仕事の方向性が正しければ それでいいのである。 それがネオモダンというものであり それに「マイルドなニヒ…
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超人の彼方に

書くべきことは 既に 書かれている こういっていいものか 否 ニーチェですら 書いていないことが 山積みになっているのではないのか でなければ 我々が こんな危機を迎える訳はない もっと 手トリ足トリ  わかりやすく 実行しやすく 問題解決の方法が 書かれるべきだったのだ…
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ほんの少しの良心

結局のところ 人に最低限必要なのは ほんの少しの良心 ということになるだろう。 何が、善であり 何が、悪であるということ その判別の能力こそが、大切だ。 そう、思う。 良心もなくして、インテリジェンスなどと いってはいけない。 やっぱり、最後にでてくるものが、大切だ。 と…
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「悪党的思考」を考える。

過去の 時代の転換期には 多くの悪党が 時代の転換に有利な思考 を思いつくのに プラスであったという。 したがって この 現在の 時代の大転換期にこそ 悪党の見直しが必要になってきてしまう。 それは 後醍醐天皇のように 「さあ 悪党よ! 前へ まーえー」 と 極悪人でさえ…
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(こんな人間が) 生きていてもいいですか?

とりたてて 訳もなく 「死」をぼんやりと 考えてみた。 否 嫌だ! やっぱり まだ 死にたくない ぼくは そう 思い、 いっくら 何でも とりあえず いまは 生きていたい・・・・ そう 思った これは 観念的なものではなく 感覚的なものである 大滝詠一の…
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我が家で僕も考えた。

多数派 と 批判 新聞を読んで感心した言葉を あえて あげると このふたつになる 多数の政党に 多数の意見があり 批判できるのは 良いことだろう。 しかし 悲しいことは 我が国は 「巨人 大鵬 幕の内」 というように 良いと 思ったら ずーーーっと 強いところが 強いということ…
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態変は、救世主になりしか?

高椅源一郎ウイルス 源一郎ウイルスは ロマンティーな人 文学の好きな人 頭のいい人 江戸っ子 綿矢りさと友達になりたい人 等々、根が深い、 だがしかし 高橋さんが 世に「態変」の存在を 提起して以来 駄目だ どこかおかしい もう これ以上の 現代芸術は …
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ヒャーリーラヒャラリラと笛吹きつけて、どないしょう

はたして 誰が まっとうな アンテナで 世の中を 見ている ものやら? 新聞 テレビ 雑誌 本 町 山 海 この みーんなを 見る というのは 不可能。 したがって どれかを よく 見ている人たち に 話し合ってもらう 必要がある。 きっと 土台 いい答え なんか出ないもの 自…
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我も、また、人間なり

何も ぼくが えらいとか 誰々が えらい などと いう気は もうとうない 天ハ 人ノ上ニ 人ヲツクラズ 人ノ下ニ 人をヲツクラズ という この 御馴染の 文句を 気に入っている また  賢治の どうのこうのどうのこうの ソウイウ人ニ 私モナリタイ という 詩も お気に入りである…
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人間ってのは、大したこと言わないもんだな、の殺人事件。

いま、「戦争と平和」を読んでる。 で、感想は、ってえと、 人間ってのは、むかしから、 大したこと、言わないもんだな、ってこと。 ああ、きみは、どんなことを考える? あんまし、無理しないほうがいいよ! どっちみち、人間ってのは 大したことを、言えないんだ。 よっぽど、気の利いた悩みじゃないと…
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「限りなくふつー」を目指して

ちょいふつー ややふつー 限りなくふつー のなかだったら やっぱり限りなくふうつー を 目指したいだろう 晩年の漱石も 人間なんてものは 普通の人間 並の人間 になれれば それでいい そういうヴィジョンを得て 逝去した そう ふつーがいいのだ ふつーであり …
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足ルヲ、知ル。

自分に 本当に 必要なもの それを 知っていること また ものごとに執着しないこと これで だいぶ 楽になれると ぼくは思う どのような人であれ バカみたいに ものが 必要だ ということはありません 一日一善 という 考え方からすると 良い買い物をするというこ…
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価値観・転倒の時代!

じわり じわりと 今までの 価値観が 転倒しているが もっと 具体的にいうと 神の再肯定 ほがらかさ・安らぎ が大切 不運・不幸を引き受けたうえで つよく生きる 欲望を もたないこと などなど書ききれないけど フラット シンメトリー スマート なんてものは 三島がいった概念で …
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良い子のための、ハイデッガー入門③

投企を さらに ぼくなりに わかりやすく いうと 死んだ状態を 想像し そういう状態に 身をおいてみること とでもいうのでしょうか これを 繰り返すと 死の不安は 減ります ぼくはそう思います まあ こんなこと わかんなくったって 楽しい人生を 送れる訳で まあ この考え方に …
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良い子の、ハイデッガー入門 ②

投企 という考え方があります これは ハイデッガーには ハイデッガー用語の辞書が 必要とされたくらいなので ぼくの解釈とし 簡単にまとめます まあ 産み落とされて 生きる 死の側を イメージし  向こう側に いったことを 想像する この解釈には 傲慢さがあるかもしれませんが …
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よい子のための、ハイデッガー入門 ①

ハイデッガーの考えでは 人間は現存在者とはいいません 何故なら 現存在者とは 死なない存在であるものを 示すからです ですから  人間は 現存在といいます  者はつきません 存在するもの 地震がきたりしても 大丈夫なもの たとえば シャープペンシルなどを 道具的存在者とい…
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